2026年8月28日、第117回100年経営研究会を開催しました。ご登壇いただいたのは、1919年創業の製本会社・株式会社国宝社 取締役の木村秀継さん。業界全体が縮小するなかで赤字が続いた家業に入り、理念の再定義と組織づくりを通じて業績を立て直し、家系図・ルーツ調査や「社長の自分史」など新しい事業へと踏み出してきた歩みをお話しいただきました。
九割が廃業する業界で、なぜ続いたのか
研究会の冒頭、木村さんは「89.2%」という数字を示しました。東京都製本組合における25年間の廃業率です。九割以上が廃業する厳しい環境のなかで、国宝社も長く苦しい時期を経験したといいます。そのうえで、V字回復を経て営業利益がかつての約5.2倍になった「過去・現在・未来」を共有したい——そう切り出しました。
国宝社のルーツは林製本所にあり、のちに「国宝堂」を経て「国宝社」へ。創業者が社名に込めた想いは、「本は人類の叡智であり、国の宝である」というものだったといいます。理念は「信頼の伝承」、ビジョンは「良い本づくり」。社員約64名・平均年齢約39.8歳と、業界平均より若い組織でありながら、平均勤続は約13年と息の長い関係が続いています。
「来るな」と言われた入社、そして25年の赤字
木村さんは1983年生まれ。音楽家を志した時期もありましたが、家業を継ぐ道を選びます。二十代後半、父親に入社の相談をしたとき、返ってきた言葉は「来るな」でした。業界の先行きが見えないなか、「つらい思いは自分だけでいい」という父親なりの愛情だったといいます。
それでも2015年、取締役として入社した木村さんを待っていたのは、身内で構成される役員体制と、約25年にわたる赤字でした。受注産業ゆえの新規開拓の弱さ、風通しは良い一方で変化が進みにくい現場。焦りからやり方を変えようとし、反発を買う局面もあったと振り返ります。
転機になったのは、「信頼」と「感謝」を軸に据え直したこと。160年近く続いてきたこと自体が、信頼の証だと捉えたのです。平均取引年数は約21.6年。創業期から付き合いが続く顧客もいる。だからこそ、父親が言い続けた「挨拶」を、数字の前に置く。社員から挨拶されるのを待つのではなく、自分から声をかけ、「今日もありがとう」と伝える——信頼される経営者の行動として、当たり前を徹底していきました。
理念を土台に、現場の「信頼」を設計する
木村さんは、人生と経営の土台に「愛・感謝・卓越」を置き、目指す姿を「宇宙一の家族の理解者」「日本一信頼される製本会社」と定義したといいます。営業現場では、電話はワンコールで取る、見積もりは二営業日以内に出すなど、話術よりも約束を守ることを「信頼される営業」の基準にしました。
育成の時間も確保し、週に十数時間を研修に充てるなど、数字だけを追わない組織づくりを続けます。その結果、売上は前年比で伸長し、新規顧客も積み上がり、顧客数はここ数年で大きく増えました。業績面では黒字回復を果たし、利益水準も大きく改善したと報告されました。父親との関係も、衝突を経て、「お前が入ってよかった」と言ってもらえるところまで到達した——その言葉が、木村さんにとって大きな区切りになったといいます。
家系図がひらく「未来の本づくり」
未来の話として紹介されたのが、家系図・ルーツ調査と、「社長の自分史」などの出版的な取り組みです。青森・八戸に残る長い家系の系譜を前に、「自分はつながりのなかにいる」と実感した経験が背景にあるといいます。知っている人にとっては自明でも、知らなければ届かない家族の物語を、調査と製本の技術で一冊にする。
数万人に同じ本を届けるのではなく、その家の過去・現在・未来をつなぐ一冊をつくる——製本会社としての技術を、「情緒的・精神的な価値」の保存へと広げようとする試みです。ブランド「国宝堂」の展開とも通じる、伝統技術の再定義でもあります。
百年企業が続く条件として語られたこと
木村さんは、長く続く要因として、理念と目的という土台の明確さ、そしてファミリーとしてのつながりと、業務上の分業・責任の両立を挙げました。親族が仲良いだけでは足りず、仕事は仕事として果たす。その両方がそろって初めて、組織のパフォーマンスにつながる——事務局との対話のなかでも、その点が改めて確認されました。
第117回研究会は、縮小産業のなかで歴史を前に進む力へ変え、信頼の再設計から業績と関係性を立て直してきた実践の記録となりました。製本という本業を守りながら、家系と物語を残す事業へ踏み出す国宝社の姿は、「永く良く続く経営」を考えるうえでも示唆に富む内容でした。